「男の存亡~危機 雄は大丈夫か?」
雄、それは強さと弱さの両側面を有する生き物
人間を含めた多細胞生物の体は、数兆個の細胞で構成されている。様々な細胞がそれぞれの働きを担っていて生物として形づけられている。細胞は、すべての生物における基本的な構成要素なのだ。人体の細胞は約60兆個あるといわれているが皮膚や筋肉、心臓などの器官も全て細胞によって構成されている。細胞の中心には膜で包まれた核と呼ばれるかたまりがあり、その核の中には棒状の形をした染色体がある。
ところで今、Y染色体が存亡の危機を迎えつつあるという。体の中で何が起こっているというのか?ちょっとした好奇心を交えて顕微鏡の世界に視野を広げてみたい。
その染色体であるが、女性は性染色体としてX 染色体を一対もっていることに対して、男性はX染色体とY染色体の片方しかもち合わせていない。人間の場合、性染色体以外の二個の遺伝子は皆対になっている。これは片方の遺伝子に何か問題や障害が生じた時にもう一方で補う役目があるためで、長い年月が経っても退化していないという。男性のY染色体は対になっていないので、放射線に被爆するなど障害が起こる度に修復ができずに少しずつ目減りをしているといわれている。太古の昔のY染色体はX染色体と同じ長さだったらしいが、今ではX染色体の半分以下である。ある学者の予想では約500万年後にはY染色体は消滅するのではないかと言われている。現在の研究ではX染色体には1098個の遺伝子があるが、Y染色体には78個しかない。全ての遺伝子が機能しているわけではないが、Y染色体はボロボロになっていることは間違いないらしい。
Y染色体のゆくえは?
ヒトから2500万年前に分岐したアカゲザルのY染色体を解析して現在の人間と比較すると、Y染色体から消えた遺伝子は一つだけだそうで、オスを決める遺伝子を含む部分はかなり安定しているらしい。よってY染色体の遺伝子は滅びないだろうと推測されているのだ。とにかくY染色体は当初よりかなり目減りをしているが最近ではその目減りがある程度止まっているのは確かなようである。昨今の男性の顔立ちは明らかに変化して昔の子どもと比べたら相対的に美形になっている。草食系と呼ばれる闘争心のない男性が増え、精子は減少している。こんな現実を見ると、Y染色体の劣化は止まっているという情報に対し、どうしても懐疑的になるのは自分だけではないと思うのだがどうだろうか。
「男性はそのうち滅びる」という説
男性ホルモンの大きな役割は睾丸などの男性生殖器を形成し発達させることである。しかし、生殖に一番大切な精子の数が減っているどころか、その機能も衰えているという。1992年にコペンハーゲンの大学のニールス・スカケベック教授が、1940年代の精子の数は1ミリリットルあたり一億個以上の精子細胞であったが、50年で1ミリリットルあたり平均約六千万個に減少したことを報告して一時大きな話題になった。さらに精子数が1ミリリットルあたり二千万個以下しかない若者が15~20%もいるという報告もある。これらを精巣性発育不全症候群 (Testicular Dysgenesis Syndrome) としてその原因が探られてきた。50年で精子が半減するという異常事態は遺伝的な原因だけでは考えにくく、環境因子の影響が強いと考えられている。化学的汚染物質(いわゆる環境ホルモン)から締めつけのきつい下着まで色々なものが原因として考えられているが、母親の生活スタイルの影響が大きいのではないかとも考えられている。つまり妊娠6週目から24週目にかけてのアンドロゲン・シャワーに何か問題が起きているのではないか、そしてこれが生殖能力の低い男性を生み出しているのではないかと推測されている。たとえば、1976年にイタリアで起きた工場事故で高レベルの有毒なダイオキシンにさらされた妊婦の産んだ男性の精子は少ないが、大人になってダイオキシンにさらされた男性ではそのような減少はなかった。また喫煙により精子は平均15%ほど減るが、禁煙で元に戻る。しかし、妊娠中に喫煙していた母親の子どもは、喫煙により精子は40%も減るが、禁煙で元に戻らない傾向があるなどの報告がその根拠となっている。精子の産生には胎児の生殖器で最初につくられるセルトリ細胞が大きく関わっている。 セルトリ細胞は精子細胞の支持、栄養供給に大切な役割があり、食物で表現をするのならセルトリ細胞は幹で、精子細胞は実のようなもので、胎児のうちにセルトリ細胞がしっかり形成されないと思春期以降の精子の数に大きな影響が出ると考えられている。それ故に妊娠時の母親の生活スタイルが重要といわれている。しかし、その原因が今一つはっきりしない。男性ホルモンの作用を弱める、もしくは女性ホルモンの物質が問題であると考えられているが、決定的な証拠は少ない。
また生まれた時から精巣の機能に障害を有する場合もあるが、後天的な影響としてストレスが大きく関わるのではないかと考えられている。テストステロン(男性ホルモン)は主に精巣で合成し分泌されるが、その合成にはいわゆる視床下部―脳下垂体性腺系(HPG axis) の働きが重要とされている。簡単にいうと精巣は精子やテストステロンを作る工場のようなもので、勝手に生産しているわけではなく、下垂体前葉が命令を出さないと生産が始まらない。その命令を伝達するホルモンが黄体形成ホルモンである。この命令が精巣に届いて生産を増やしたり減らしたりするのである。さらに下垂体前葉も勝手に生産量を決めているわけはなく、視床下部の命令で動いている。その命令を伝達するホルモンが性腺刺激ホルモン放出ホルモンである。つまり視床下部が一番重要ということである。視床下部がストレスを受けると、HPG axis の機能障害が生じ、精巣でのテストステロン合成が阻害されるのである。実際に性腺刺激ホルモン放出ホルモンを測ってみたらどれほど視床下部が弱っているのかが分かるのだという。ただその測定はかなり難しいらしく証明するのは困難のようだ。色々な問題点はあるにしろ、テストステロンは男性の総合的な健康の物差しになるのではないかとの論に自分も共感している。
超現実的な視点では、男性ホルモンが強く作用する臓器は、「脊髄、骨格筋、肝臓、心臓、腎臓、皮膚、脂肪組織(皮下脂肪を男性ホルモンが燃焼させる=男性の方が脂肪がつきにくい)であり、男性の成人病・生活習慣病との因果関係を見るようである。逆に女性ホルモンが強く作用する臓器は?というと扁桃腺、肺、リンパ節、血管、乳腺、T細胞、B細胞である。血管は女性ホルモンが働くと弛緩する。動脈硬化になりにくい血管内の免疫細胞は女性ホルモンによって活性が高まる様である。動脈硬化だけ捉えてみても、男性たる我々おじさんは、そういう事か・・と頷いてしまう。やはり、体の性差や罹患の可能性も性ホルモンの働きによる部分が大きく関わっているわけで納得の限りである。
遺伝的な要因としてのY染色体の劣化と環境因子としての精子の減少。その現実の中でなんとか今は持ちこたえているのが男性という性なのである。男性は絶滅に向かっているという考え方は大袈裟に感じるかも知れないが、これまでの生物の長い進化の変遷を振り返ると無下に否定することはできない。
現在、急速に旧来からの覇権的な男性社会から男女の平等や機会均等社会に移行し、男性には働いて稼ぐだけではなく、家庭内でも父親として育児・家事に参加しなくてはならなくなった。男性更年期外来にはストレスからうつ状態になって診察に訪れる患者さんも多いようだ。多くのストレスに包まれている日常。何を持って生きづらさの根拠とするかさえも曖昧である。自律神経を侵され気分も優れない。しかし、治療によってストレスが改善されると睾丸でのテストステロンの生産が回復するという。 やはり男。睾丸に期待したいではないか。