「中世~近代ヨーロッパ周辺にみる男らしさ」
~男らしさの変化~その盛衰の実態とは~
「男の存在性」
前節では、古代ヨーロッパ、特に古代ギリシア~古代ローマの男の在り方をそれぞれの時代特性をイメージしながら辿ってみた。
特筆すべきことは、古代から既に男という存在が時代を動かす権力者や実行者の要として位置していたということである。歴史は限られた側面で語り切ることはできない。「女」という存在を含めた人間模様は幾つもあったであろう。
男の存在性は、不変でも一定でもなかった。男という表現をしつつも雄という性質を有する人間という生き者。その変化はさまざまな形で全ての時代に現出してきた。
男の隆盛と衰弱の歴史をたどりながら、男そして男らしさの側面を少しでもイメージできればと思う。
中世ヨーロッパの扉を開けてみよう。
中世における「男らしさ」。それは時として感性的な傾向の表出や同時に過去からのイメージの伝承など男自体の在り方は多様に変化した。例えば「騎士のイメージが騎馬で勝ち得た威勢と切り離せなくなり、血統や遺伝の保証が個人の気質や力量を示す物差しとなった」。
「槍や剣の刃が生み出すインパクト、乗馬術や愛の技巧へのこだわりや道具としての肉体的能力などの新たな価値観へと繋がっていった」とある。引用:「男らしさの歴史」(A・コルバン/ J-J ・クルティーヌ/G・ヴィガレロ監修)
この「道」に通じる価値観には、精神的な視点、礼節に基づいた評判はもちろん、腕力などの粗暴さなど幾つかの技量の同居が感じられる。
男としてのあり方は、現代とさほど変わらぬ形でこの古き時代から認識されていた。「道」という精神性への変遷や昇華は、武士道という世界観を有する我々日本人としても親和性を感じる部分である。
さらに近世、16世紀と17世紀の西ヨーロッパの宮廷の世界も興味深いものがある。
1453年に東ローマ帝国が滅亡し、ルネサンス・宗教改革・大航海時代へと時は進む。この時代の特筆すべきポイントは「男らしさの表現の在り方」と「憂鬱さ」の流布である。
これまでのような礼法や身のこなし、戦闘技術などに対する常識が見栄えを重要視する考え方に変わっていった。格好よく肉づいた身体から発出する軽い身のこなしが秀麗とされた。同時に近世ヨーロッパにおいての男らしさは抑圧を伴ったものであった。訓練など実践的な戦闘に対する実務行為から離れ、スポーツなどの競技を通じて、身なりや生い立ちなど人間的な表現としての形象を求められた。言うなれば心身の活動力と優美でしなやかという2つの側面が求められた。このある種の矛盾にも近い感覚、相容れない追求は、逆に男らしさについての不安をあおり、心中穏やかではいられないものであった。外見的な価値、また抑圧から派生する我慢という生きづらさもあったのではないか。
日本は全ての人間に対し破壊的な戦いの時代を経て、東京オリンピック~高度経済成長期へと進み、成熟しきったバブルは崩壊した。それら僅かな時間の経過の中でも男らしさの在り方は変化し形容され続けてきた。
そして今の日本社会、日本男性は?史実との相似をふと合わせ見てしまう瞬間がある。人間、そして男が好んで求めているものの正体とは?愚業であることを知りながら止めることをしない本能に支配され続けるしかないのであろうか。
史実との類似性。興味深い一節を紹介したい。近世フランスの作家トマ・アルテュスの言葉を引用したい。「アンリ三世の宮廷を両性具有者と女々しい輩(やから)が集うあり得ない場所だとして、白い下着、香水、凝った化粧や美食などへの行き過ぎたこだわりをこきおろした」。また、「宮廷人はどうしようもない衰弱に見舞われてしまう。そして戦闘の栄誉はもはや勇気への執着としてのこだわりにもならず、『打撃の巧緻』は心の『美徳』としてとらわれることもない」と表現している。引用:「男らしさの歴史」(A・コルバン/ J-J ・クルティーヌ/G・ヴィガレロ監修)
男らしさの表出としての重圧は、畏怖と弱さの感情と密接である。時代や国は違っても民の存在性は、人間そして男の堕落と狭小化に深く関わっている。社会全体を見渡しても人間の「真」として、何が進化したのであろうか。
「男らしさ その価値観の変化」
男らしさという価値観は古くから存在していた。そして当たり前のようにその男らしさは弱体化に伴った姿形の変化をたどり、結局は男自身の生きづらさを導いていた。
また近代世界が直面していた実態がある。社会の複雑な仕組み、役割の多様性、他の環境からの自立という「男らしさの変化」だ。
例えば、男らしさを象徴する最たるものであった「力と支配」であるが、やがて他に複数存在する男らしさの可能性と必要性によって衰退への道に繋がっていった。
近世から近代にかかる市民革命・産業革命の時代の前あたり(18世紀後半― 19世紀初頭)までである。おおよそ18世紀中期から支配に対する猜疑心の芽生え、そして亀裂への道がそれを表している。また制度の重圧からの忌避と個人の自立化への探求に至った。特にこの自立化それ自体が原動力になっていった。
ここで注目しなければいけないポイントは産業革命ではないだろうか。
先述した古代史までさかのぼる必要はないが、人類の発展と文明の開化は変化への両軸である。そのような人類の発展は男の栄枯盛衰を伴ってきたからである。
この経験を確固たる前提とするならば、ここで起こった世界初の工業化である産業革命の意義、影響の発生は言うまでもないことである。ヨーロッパの躍進とアジア大帝国の衰退は、両諸国の亀裂を加速化させ多くの変化を招いた。農業生産の飛躍的向上による人口の増加、そして農業革命。さらに産業革命によって、イギリスの生産力が飛躍的に向上した。産業革命の原動力のひとつとして大西洋の三角貿易(奴隷貿易)に支えられた砂糖や綿花のプランテーションがある。そして労働力となった黒人奴隷の存在が挙げられる。重商主義によりヨーロッパ各国で激しい貿易競争がおこなわれたのである。イギリスとフランスの台頭は、植民地戦争につながった。
同じくヨーロッパで広がりを見せたのが、人間本来の理性の自立を促す啓蒙主義思想である。自然権や平等、社会契約説、人民主権論など理性による人間の解放が唱えられた。
やはり「奴隷」「植民地戦争」という言葉が示すように、男という存在性とその誇示の先には、決まりごとのように人間の善と悪の顕在化がある。
このように歴史をたどるだけで自ずと答えは導き出される。文明の発展の原動力が男性というセクシュアリティの人間の下支えがあったことは事実であろう。ただ、その当事者である男性自身が自らのアイデンティティたる男らしさの表象に追いかけられ、その自ら導いた生きづらさから逃れるように変化してきたというこの構図は古代も現代も変わらぬ男性の宿命であるとあえて言い切りたい。
さらに視点を変えてみる。現在の社会、文化的な変貌も同様である。男らしさは確実に変化しており、それは時代の要請であったり人心の反発心理として、その盛衰が繰り返されている。従来からの慣習や条理、認識として常態化された思考もその是非に関わらず一定ではない。
新たなる男らしさ。例えば旧来からの血のつながりという保守的な権利主義に疑問を投げかけ、それまで当たり前に存在していたルール、男性主導の既得権益を廃するという行動力によって表現されてきたこともその一つだ。
この男らしさの新たなる変化、これまでマイナーチェンジなる変化は繰り返されてきた。それはやがてフルモデルチェンジとして全く新しい独自の萌芽を伴いだしたのである。
その独自の萌芽のきっかけとは、ある種の善良なる人間性の発出のようなことである。人間性とは、理性に基づいた公平さと本来の進歩的な変化の証であり、絶対的な権力者としての主張ではない。あえて偏狭なる表現をするのであれば、動物的な雄の領域の指向性からさらに一歩人間としての男の成長へと近づいたさまを感じる。
男らしさというものを崇高なる視点で捉えるか否かは別として、反骨的、頑なさなどをその精神性として値させ重要な断面として捉えても無理はない。
それは、男らしさが男らしさを駆逐するようなある種の矛盾と変化の摂理といえるかも知れない。極論だが、ここに生き物(本能)としての男(雄)と人間(哲学)としての男性(男らしさ)、その混在が認められるのではなかろうか。
「まさしくそれは、全能の権威、すなわち有無を言わせず強引に存在を押しつけてくる権威の拒否以外の何ものでもない。受け入れられないものとして、権威を告発するのだ」。引用:「男らしさの歴史」(A・コルバン/ J-J ・クルティーヌ/G・ヴィガレロ監修)
この表現の通り、このこれまでにはなかった男らしさが、過去のものとなった力や支配の数々とは無縁なところで、かつて男自身が創っていた価値観の否定として現出されていった。
やはり近代ヨーロッパにおいても男らしさの見識の着地はない。さまよい続ける男らしさはとどまることを赦されないのだ。
少し視点を変えてみたい。啓蒙主義である。小説や戯曲など芸術的な見地における女性の存在や表現は、男らしさに関する主張として結び付くものではない、という。啓蒙主義の文化は、伝統的な男らしさのあり方を脅かしたが、女性らしさの変化を導くものではなかった。
男らしさという主張、反発や反動は男どうしの権力の姿が起因となり、その限りであったようだ。
恐らく、近代までの時代においては、男らしさを語るときの主役は男たちであり、それを掻き乱すものは社会や文化であり、そこに存在した男自身であった。男性独自の考え方がまだ男らしさの世界観を表する中心にあったといえる。この視点を個人的には評価したい。自分が男である上での単純かつ狭い発想ではあるが、男の存在価値、その何らかの可能性をそこに感じるからである。
一方で現代にみる男らしさの変化の起因。答えは複数であってもそれを導くべき主役としての男の立場は存在していない。それも平等社会故の1つの表れである。しかし、そこから生じるかも知れない理性に満ちた精神が男の生きづらさに繋がって欲しくはない。
最後にあえて男贔屓(びいき)な言い方をしてみよう。今もなお継続する「男らしさ」自体は、現代まで脈々と続く悪意のない男と雄の自然な仕組みのひとつであるはずだ。昨今散見される、男らしさを題材にした議論の中身を男自身の生きづらさという弊害や社会にとって不適切な価値観とするのではなく、もっと肯定的に捉えられても良いのではなかろうか。本当に大切なこととして、再度「男らしさの必要性」がうたわれる時代の回帰を希望する。
(参考書籍)「男らしさの歴史」(A・コルバン/ J-J ・クルティーヌ/G・ヴィガレロ監修)