武士道の追究❷ 武士道の成り立ち その徳目
【義】【勇】【慈愛】【礼】【信】【名誉】【忠誠】【教育】【自制心】
新渡戸氏は、前節第ニ章において、武士道の源流の一つとして儒教的な教えを道徳的卓越性として導いていた。そして更に治世者たる武士が身に付けなければならない教えを「7つの徳目」で示し、更に「教育論」から「自制心」へとその解説を進めている。
それぞれの徳目の表現自体は、難解でもなく耳慣れた言葉である。だが武士としての教義である限り、その時代性や特異性が存在する。武士の時代の教義が今なお変わらぬ教えとして心に響く。今なお通用する教え、ということではない。逆に既に見失ってしまった日本人としてあるべき教えの源がきちんとこの時代には存在していた、ということ。その本質を丁寧に学び直したい。
【義】
:卑怯な行動や不正を憎む正義の本質。
:率直で正直な男らしい徳のこと。
:人間の骨格であり守るべき正しい道。
【勇気】
:勇は正しいことを実行する強き意思。
:「義を見てなさざるは勇なきなり」(論語) 孔子は「何が正しいか知りながら、それを行なわないというのは勇気がないということ」と定義。
:勇敢な行動が勇気の動的な表れであるのに対し、平静さはその静的な表れである。真に勇敢な人は常 にもの静かである。
【慈愛(仁)】
:人間の魂で最も高貴な性質を有する徳。
:慈悲は「武士の情け」。情けは弱者・劣者・敗者に対する思いやりの感情。
:愛、寛大、他人への情愛、共感と憐み。
【礼】
:慈悲という情けから生ずる徳が「礼」。
:礼の側面「耐え忍ぶ、妬まず、驕らず、 欲張らず、怒らず、邪心を抱かない」。
*新渡戸氏曰く 「礼儀作法を厳格に守ることのうちに道徳的訓練が組み込まれているということ」。 「礼節は慈愛と謙虚さの心から生まれ、他人の感情に対する優しい思いやりによって成長するものであ り、どこまでも優雅な共感のあらわれなのである」。
【名誉 (恥の感覚)】
:名誉の感覚は個人の尊厳と誇り。命よりも大切な価値。
:誇りの支え、恥の感覚が「廉恥心」。
:恥の感覚は民族の道徳意識の表れを示す最初の指標。
:名誉心による内面理性の醸成(克己、忍耐、 努力)。
*小川立所(古学者)の言葉 「人が悪口を言っても言い返したりせずに自分が信頼されるに足らなかったことをかえりみよ」。
【忠誠】
:武士道の根幹をなす倫理。
:主君に対する絶対的服従、忠義、献身。
*主君の顔色を見てご機嫌を取る、媚びるのは「武士の風上にも置けないこと」。
*自分の良心に従う。主君と意見を異にした場合、彼がとるべき忠誠の道はあらゆる手段をとって主君 に誤りを正すよう説得すること。
続いて第十章で侍の教育に触れている。
【武士の教え】
:最重視するべきは思慮分別、知性、弁舌より人格の育成。
:金銭の侮蔑・・金銭は卑しく汚らわしいもの、不正利得と見なされた。
*日本の為政者が長く腐敗を免れた根拠。
*名誉本能と呼ぶべき無償の奉仕。
*禁欲の鍛錬のためだった。贅沢は人間性に対する最大の脅威と考えられ、最大限簡素な暮らしが武士階級には要求された。
【自制】
新渡戸氏は第十一章で自制という表題のもと、感情を抑える思想感を掲示している。まずは、新渡戸氏の言葉をそのまま示してみたい。
「自らに対してはうめき声ひとつたてずに耐え忍ぶ不屈の鍛錬を課すとともに、他人に対してはその喜びや平穏を自分の悲しみや苦痛を露わにすることで乱すことがないように礼節を守ろうとつとめることによって自制的な精神が養われ、ついには一見したところ禁欲主義とも見える国民性とまでなった」。とある。侍にとって感情を顔に出すことは男らしくないと考えられていた。大成した人物は「喜怒哀楽」を顔に出すことはない。
以上である。本著、武士道で表されている徳や教義の解説、幾つかの要点を辿るだけで、現代社会の人民に不足している教えたるものが改めて確認できる。
上掲の通り、原点は礼であり、この様な所作の中に自然と道徳的訓練が組みされていること。 更に「慈愛と謙虚さの心から生まれる他人の感情に対する優しい思いやり」。 この言葉に集約されている日本人のアイデンティティを「人格的に昇華させた徳の文化」として新渡戸氏は、武士道の派生価値として表現している様に思われる。
本来、日本固有の美徳、慣習や道徳観など、その思想を表現し宗教や文化も違う民族に理解してもらうことは難しいことであった。ただ極めて多くのことを地球規模で考えねばならないグローバルな現代社会、時代であるからこそこの神秘的な徳について興味を示してくれる外国人は多い様な気がする。
道徳的思想はその違いが存在しても、善悪で図るものではない。武士道/大和魂の根幹は日本の思想の軸でありながら、人間としての軸であると言っても過言ではないない気がする。
参考:日本の思想 新訳「武士道」 (角川ソフィア文庫) 新渡戸稲造 (著), 大久保喬樹 (翻訳)