第四章 「いき」の活用 実践編 その2
「江戸言葉」を知る 序の口
娯楽の教本は江戸弁
シーンや生活に役立つ術を幾つかに分けて紹介していきたい。まずはその基本から。
⓵現代でも日常使いをしている元々は江戸弁の例
| 江戸弁=現代語表現 (意味~使い方) | 由来~変化 |
|---|---|
| なかなかやるね(頑張ってるね、上手いじゃないか) | 江戸では「やる」=腕前を認める褒め言葉。「色気がある」の意味も含んだ。 |
| しょうがねぇな (仕方ないな(軽い諦め・許容) | 元は「仕様がない」。「しゃあねぇな」など地方にも派生。柔らかい受け入れ表現。 |
| おっかない(怖い) | 江戸では「厄介」「怖い」の意味。標準語にも定着。 |
| うっかり (ぼんやりして、注意を怠る) | 「浮っかり」から転じた江戸語。今は全国語に。 |
| だいじょうぶ? (平気?問題ない?) | 元々は「大丈夫(だいじょうぶ)」=立派な男の意。「問題なし」に転じた。 |
| やっぱり (やはり、結局のところ) | 江戸では「矢っ張り」と書かれ、強調や納得の口調で使われた。 |
| へぇ~ (相づち・感嘆の声) | 「へぇ」は江戸言葉の典型。「へえだねぇ(本当かい)」などと使う。 |
| のんき (気にしない、焦らない、おおらか) | 江戸町人が「のう気(のうき)」=“脳の気分”から転じて「気楽な人」を指した言葉。 |
| おっちょこちょい(落ち着きのない人) | 「ちょこまか動く」+「おちょこ」的可愛らしさが混ざった江戸造語。 |
⓶いつの時代も礼節 ~感情・感覚表現の江戸弁
| 現代語 ➡江戸弁での言い換え | ニュアンス |
|---|---|
| すみません ①「すんません」②「こいつぁ、どうも」③「お手ぇわずらわせやして」 | 「すんません」は江戸弁の柔らかい謝罪。 ③は丁寧だが粋な言い回し。 |
| ありがとう ①「かたじけねぇ」②「ありがてぇこって」③「助かりやした」 | 「かたじけねぇ」は武家~町人まで共通。③は職人・商人風。 |
| ごめん ①「悪ぃ悪ぃ」②「すまねぇな」③「勘弁しておくんなせぇ」 | 「すまねぇ」は粋で男っぽい。③は芝居口調で愛嬌あり。 |
| うれしい ①「こいつぁうれしいねぇ」②「たまんねぇや」③「胸が熱くなりやす」 | 「たまんねぇ」は喜びにも感動にも使う江戸的多義表現。 |
| 悲しい ①「せつねぇなぁ」②「やるせねぇ」 | 「せつねぇ」は感傷、「やるせねぇ」はやり場のない心情。 |
| 寒い ①「しみるねぇ」②「こいつぁ冷てぇや」 | 「しみる」は体感+情緒的。「冷てぇ」は江戸言葉の標準。 |
| 暑い ①「あっちぃねぇ」②「茹(ゆ)だっちまうよ」 | 擬態的な「あっちぃ」が典型。②は職人の小言風。 |
| 美味しい ①「うめぇ!」②「こりゃぁ、いけるねぇ」③「こいつぁたまんねぇ味だ」 | 「うめぇ」は定番。②③は粋で感嘆を含む褒め。 |
| 不味い ①「こりゃぁいただけねぇ」②「野暮な味だねぇ」 | 「いただけねぇ」は拒否的だが柔らかい。「野暮」は粋の対義語。 |
⓷ 更に奥が深い江戸言葉 ちょっと照れ隠しで江戸式“しゃれ返し
●感謝の部(ありがとう・うれしい系)
| 現代語 ➡江戸しゃれ返し | 意味・ニュアンス |
|---|---|
| ありがとう➡ありがたやま/ありがとんぼ | 感謝+ユーモア+照れ隠し。「ありがとんぼ」は軽やかな感じ。 |
| どうもありがとう➡どもありがとんす | 「ども」+「ござんす」でリズム感。軽妙で親しみやすい。 |
| 感激です ➡こりゃぁお天道様も泣いちまうねぇ | 大げさに喜びを表す。感謝と笑いの中和。 |
| うれしいです➡うれしゅうござんす/うれしゅうて鼻が曲がりやす | 感情をやわらかく、ちょっと大げさに。 |
| ほんと助かりました➡命拾いでござんすよ | 大げさに感謝を笑いに包む。 |
●謝罪・言い訳の部(ごめん・失敗系)
| 現代語➡江戸しゃれ返し | 意味・ニュアンス |
|---|---|
| ごめん ➡ごめんくさい/ごめんつかまつりやした | 軽く照れながら謝る。笑いで空気をやわらげる。 |
| すみません➡すんまっせぇん/すんつかござんす | 「すみません」を音で崩して柔らかく。 |
| 悪かった➡こいつぁ、あっしの野暮でしたな | “自分のせい”を潔く+笑顔で。江戸の美徳。 |
| 言いすぎた ➡口が先走りやして…馬と違って止まりやせん | 自虐のしゃれ。場の空気を整える |
| 忘れてた ➡あっしの頭が散歩してやして | 可愛げのある言い訳。怒りを笑いに変える。 |

