今日の寸言!ひとりごと

男だからわかる男の本音 

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悩みの共有!性別不問・・おじさんたちの心の内を覗いてください!
具体的なお悩み相談はこちらから・・。

※匿名相談、つぶやき止まりでも構いません。

心と身体の浄化は悩みの共有から。考え方も性格も人それぞれが当たり前!!  

還暦を超えたら途端にバイタリティーが無くなった感じがします。数年前に想像した今の自分はもっと意欲に満ちていて何かにチャレンジしているイメージでしたが。いきなり、、体力と気力がセットで燃焼し尽くしてしまった感が充満している最近です、、。60代の人生ってこんなものでしょうか?

もうその年代になると卵か鶏か❔的に❛体力か気力か?❜なんていう程の比較、後先のレベルでもないでしょう!!日替わりメニューで状態が変化し、日々感じる先細り感が余計に心身を重くする感じでしょうか・・。
同感いたします・・。

かと言って、ずーっと?当分?こんな感じ!と思わなくても良いと思いますし、そんなはずはない!ぐらい楽天的に捉えていれば良いと思います。あえてそうすべき!というかそれでないとやってられない!と私は思うからです。なんとなくではなく、あえて確信するかのように心の中で叫ぶ!!まだまだ先はある・・はず!と。漠然としたイメージを抱くより、現実的に決めつけてしまう。

反面・・
昨日は比較的快調に過ごしていたのに・・別に何をしたわけではないのに今日は何となく不調で・・。とか。
恐らく「言うは易く行うは難し」を以前より実感していると思いますが、そんな心境を前提にあえて提案させていただきます。

提案といいますか、あえて、自分に言い聞かせるようにつぶやきますね。
「自分を甘やかさない!適度な鞭を自分で打つ」でしょうかぁ。どうしても仕事視点になってしまいますが、質問者様は恐らく長い間、それなりの厳しい環境で仕事をやり尽くしてこられた方と拝察します。今のご年齢になれば必然的にその厳しき環境は緩和され、ある意味の余裕が生まれてきているはずです(ただし、余裕=楽というより、寂しさ?切なさ?も伴っていると思います)。

これまでの人生はピン!っと張りつめたベルトによって稼働(駆動)していた自分の心身。それが解き放たれた状態であるのが今現在だと思うのです。
言い方を変えますと、これまで張りつめていたベルトは自分の体を時に支え、そして駆動へと導いてくれていたはずです。しかし、今となって撓んだ(たわんだ)ベルトは、その逆の状態です。たわみはある意味、柔軟性/自由度を指しますが、その分、自分で自分を支えなくてはいけません。冒頭のつぶやきに話を戻しますと、たわんだベルトは甘やかしている自分、そのものです。
そのベルトを今一度、もう少しきつく締め直すことです。たわんだままだと、のらりくらりするだけです。
でも、経年劣化した我がベルトは、締め付けすぎると直ぐに切れます。

適度に締め付ける何か?それはご自身だけが分かる微調整技術から生まれるものでしょう。もう一度掘り起こしてみてください。私も考えてみます。無責任な終わり方で申し訳ございません。

妙に元気で仕事が楽しい!と言い切る61歳の独身友人がいます。独身という自由に身を置きながら恋愛が途切れることはありません。彼のように生きるにはどうすればいいでしょうか?

前置きします。吾輩もひとのことにとやかく言える立場ではありませんが、能書きを垂れます。ご容赦ください。
お答えから遠ざかるかも知れませんが、まず、思うことは「自らの強欲さを捨てる」ことです。
想像領域ですみませんが、質問者様もある程度の年齢を重ねた熟年齢者さまとお見受けします。要は人生経験という時間を経て、それなりの“識”がお有りの方でありながら、同時にご友人様の影日向を知っておられながらの質問内容に対する判断としてです。人としての栄枯盛衰、喜怒哀楽を知りながら、そのうちの日向の部分を称えることの真意はどこにあるのでしょうか?

恋愛が途切れない事を称するのであれば、質問者様もたまに異性にチヤホヤされれば十分でしょう。もし、多方面において過度なストレスを感じながら生活をしているのであれば、程々に事に及んでください。ここが要注意ポイントです。今の世の中、過剰は許されません。例えば、女性がお酒をつくってくれるお店にいくのも良いでしょう。ただし、いきなり手を握り締めては引かれるだけです。謙虚にその女性の小指の先に触れさせてもらいましょう。その様に奥手でかわいく、しおらしいおじさんでいることです。そんなおじさんとして出直してください。まだまだ味のあるおじさんになれる可能性はあると思います。

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